歌舞伎や落語を「読む」楽しみ(1)

宇野信夫さんというと、劇作家のおじいちゃまで、「巷談宵宮雨」を書いた人という程度のことしか、記憶の中には残っていない。
学生時代に歌舞伎通いをする中で、当時は文庫本などが新刊書店で結構入手可能だったので、実家の本棚を探して見たら、何冊か宇野さんの本が見つかった。
そんな中から読み始めたのが、『芸の世界 百話』(廣済堂文庫)だ。
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当時は、歌舞伎からしかアプローチしていなかったので、六代目のこと、吉住小三郎・稀音家六四郎のことなどを、拾い読みした程度になっていたようだ。
今度、改めて通読してみると、もちろん、六代目菊五郎や初代吉右衛門、十一代目團十郎といった、わたしは到底間に合わなかった名優たちの思い出は、十分楽しいし、貴重な話がゴロゴロと転がっている、宝の山だ。

六代目のために、宇野さんが書き下ろした「露時雨」をめぐるエピソードは、こんなものだ。若旦那が零落して噺家になるという設定で、二幕目にお寺からお座敷がかかって、本堂で一席勤めることになる。お寺なので、葛篭に毛氈を敷いた上に座って話をするという場面がある。そこで、毎日六代目はいろんな小噺を仕入れてきては聞かせて、得意になっていたという。
その芝居の上演前に、落語家を演じることになった六代目が築地の錦水に、文楽を読んで「寝床」と「つるつる」を聞いたのだそうだ。その時、お礼に贈られた、羽裏に自筆の菊を描いた羽織を、文楽は生涯大切にして、六代目の二十三回忌追善興行の時に、その羽織を見せながら、ことの顛末を語ったという。
そして、それから半年あまり後に、文楽は亡くなってしまう。なんだか、因縁めいた話だ。