団十郎は謎だらけ(1)

江戸歌舞伎を代表する役者といえば、市川団十郎であることは、当時も今も変わらないだろう。
しかし、それだけの役者でありながら、代々の団十郎には、謎がつきまとう。
中でもよく知られているのが、初代の舞台上での横死と、八代目の大阪での客死であろう。
現代にいたるまで、その謎は完全に解明されてはいないせいか、いろいろな作家が、その謎に独自の推理で迫っている。

例えば、劇評家としてだけでなく優れた推理小説作家でもあった戸板康二先生は『団十郎切腹事件』で、八代目の死の謎に挑み直木賞を受賞した。
手元に、この作品がないので、内容については言及できないが、いかにも戸板先生らしく、史実と歌舞伎界に対する深い造詣によって導かれた結末は、納得いくものであった。他にも、杉本苑子氏が書いた初代についての小説も、はるか以前に読んだ記憶だけは残っている。
そして、南原幹雄は、初代と八代目それぞれの死の謎に迫る短編を書いた。
その2作が収められているのが短編集『謎の団十郎』(講談社文庫・1989年刊)だ。

百五十回忌追善興業を機に初代が殺された時の演目「移□十二段(わたましじゅうにだん)」という初代とともに葬られた芝居を復活上演しようと、資料を探していた。その過程を縦糸に、当時の歌舞伎界の状況を横糸に物語は進行していく。その時ちょうど八代目は、「知らざあ言って聞かせやしょう」で始まる名せりふで知られる、瀬川如皐作「世話情浮名横櫛」で大当たりをとっていた。まずは、狂言作者の如皐に資料探索を依頼するが、この当時すでに百五十年前の本を探すのは至難の技だったようで、当時の評判記すら、発見に至っていない。

たまたま大風で中村座の櫓が倒れ、芝居は休みになった。そこで八代目は作者見習の風麿とともに、老舗の本屋を自らまわって、資料を探すことにする。何軒目かの書店でまさに「どんぴしゃり」の年の評判記を二人は発見する。そして、問題の「移□十二段」の項を調べていくうちに、八代目はある謎の人物に興味を惹かれる。更に初代の死の真相を探る糸口をも発見する。
一方で、既に来年まで中村座への出演が決まっていることを承知の上で、大阪の興行主が八代目のもとに「大阪の歌舞伎を助けると思って、ぜひ、舞台に立って欲しい」と頼みにくるのだが・・・。