小説「赤頭巾」と映画「大いなる遺産」

北村薫さんの著作を初めて読んだ。
『空飛ぶ馬』(創元推理文庫)だ。
女子大生である”わたし”が出会う、不思議な事柄を、若手実力派の噺家円紫師匠が解明していく、シリーズの第一作。

デビュー作が、この本のタイトルにもなっている「空飛ぶ馬」で、平成元年の作品と、著者略歴にある。

かつて、北村さんが覆面作家であった頃、その実像をめぐって、さまざまな想像がなされ、北村薫という作家自体がすでに謎であったというのも、興味深い。

先日、途中まで読んで「胡桃の中の鳥」の結末は、別の作品で明かされているのだろうと推測した。やはりその通りで、続く「赤頭巾」のサイドストーリーとして、事件の行方は明らかになっていた。

『空飛ぶ馬』に収録されている作品のうち、一番好きなのは「赤頭巾」だ。
”わたし”にとって、この結末は思いがけないものであり、大人の正体に嫌がおうでも直面せざるをえないものとなっている。

「赤頭巾」では、色彩の表現がとても素晴らしい。これを読みながら、わたしの大好きな映画「大いなる遺産」(アルフォンス・キュアロン監督作品、日本公開は1999年だったと思う)を思いだした。

キュアロンは、ハリウッド進出第1作として「リトル・プリンセス」を撮っている、メキシコ出身の映画監督(この「リトル・プリンセス」がまた、絶品)。残念ながら公開時には、あまり話題にならなかったが、ディケンズの名作『大いなる遺産』に、舞台を現代のアメリカに移すことで、新たな命を吹き込んでいる。そして”キュアロン・グリーン”ともいうべき、監督の大好きなグリーンを基調とした色遣いや、主人公の青年が描く絵といった美術によって、深く印象に残る映像を作りだしている。

古典的名作を自分の世界観に引き寄せて、視覚的に表現したという意味で、北村さんの小説「赤頭巾」と、アルフォンス・キュアロン監督の映画「大いなる遺産」に、共通点を感じた。