エリート町人と落ちこぼれ武士が描いた江戸末期(二)

ちなみにこの本には、もう1作、『江戸繁昌記』の作者である寺門静軒の生涯を描く「男の軌跡」が収められている。
こちらの主人公・静軒は、庶子であるという、物心ついて以来の劣等感をバネに、新しい学問「折衷学」を学んだ。そして、妻の実家の縁で、父がかつて仕えていた水戸・徳川家への仕官の夢破れ、幕府へモノ申すために『江戸繁昌記』を執筆する。しかし、その面白おかしく書かれた江戸の出来事の裏には、静軒の痛烈な幕府批判が込められていた。

月岑は町人のエリートとして、静軒は武家の落ちこぼれとして、生きることを運命づけられていた。しかし、二人に共通していたのは、幕末という日本史の大転換点を、江戸に暮らす庶民の目から記録しようとしたところであろう。