横山やすしとMANZAIブーム

小林信彦さんの『天才伝説 横山やすし』(文春文庫)読了。
小林さんの笑芸論、笑芸人論は、名著『日本の喜劇人』をはじめとして何册か読んだことはある。久しぶりに『天才伝説 横山やすし』を読んでみて、改めて、小林さんの優れた人間観察眼と笑芸に対する愛情を、感じた。
あの”MANZAI”ブームをおぞましいものと見破り、その被害者としての「やすきよ」、さらには横山やすしに与えられた”天才”という称号は伝説であったということを、小林さん自身が関わらざるを得なかった事情をからめて、浮き彫りにしていく。

横山やすしに直接関わるエピソードはもちろんだが、時折、挿入されるビートたけし萩本欽一、桑名正博、伊東四朗といった人々の発言、人物評が、読前の期待以上の収穫だった。
強面と思われがちな横山やすし=やっさんが、実は寂しがりの甘えん坊であったというのは、テレビの画面を通してしか知らなかったわたしでも、何となく感じていた。しかし、その裏側にあった複雑な生い立ち、漫才をはじめたきっかけ、さらには、西川きよしの裏切りとも云える国会議員立候補などは、この本を読むまでほとんど知らなかった。

やっさんがあの時こうしていれば、こうなっていれば、というターニングポイントは、いくつか示されている。その中でも小林さん自身が一方の当事者であった映画「唐獅子株式会社」の出来と興行成績が、小林さんの中で大きなひっかかりになっていたのではないだろうか。あの映画がもっとヒットしていれば、出来がもっとよければ、やっさんのその後の人生も違うものになっていたのではないか、そんな思いを小林さんは「あとがき」の中で
<b>この本の執筆動機は、<終章>に記した通り、やすしに対するぼくの<寝覚めの悪さ>から発している。</b>
と述べておられる。そういう小林さんの感情は、この本の通奏低音のように、しっかりと貫かれている。他方で、あの”MANZAI”ブームという、お笑い界を襲ったバブルを総括しておきたい、というような気持ちもあったのではないだろうか。

それにしてもまだ読んだことがない『唐獅子株式会社』が読みたくなったのと同時に、ラジオドラマもぜひ聞いてみたいものだという、無理な望みを抱いてしまった。