平日のバッグが大きい理由(1)

よく、「荷物がいつも多いですね」と言われる。それには、活字中毒者の性とでも言うべき、ちょっとした理由があるのだ。

かねたくさんのところの掲示板で、ダブリ本についての話題でちょっと盛り上がっている。
わたしのダブリ本パターンは、おおむね古本か、新刊書店で買えるものでもかなり刊行から時間が経っていて、しばらく探し回っていたもの、という場合に起きやすい。
意図的なダブリと、ウッカリやってしまうダブリの2パターンで、新刊書店でダブリ本を買う場合、圧倒的に後者が多い。

意図的に買ったダブリは、昨年秋、ジュンク堂書店坪内祐三さんのトークショーが開かれた際に、自分が持っていった『後ろ向きで前に進む』には、付箋がたくさんついたままの状態で、ちょっと恥ずかしかったので「この際だから」と思い、新たに購入した本にその場でサインをいただいたというケースのみ。
あまり、サイン入りにはこだわらない方なので、すでに持っている本のサイン本を見つけても、たいていは買わない。

わたしのダブリパターンで圧倒的に多いのは、絶版になった文庫を探していて起こるダブリだ。
その1:なかなか見つからない本をやっと見つけて、あまりキレイではないが、とにかく読める状態ではあるからと、購入した後に、手ごろな価格で売られているのを見つけて購入する。
これは、自分でダブリであることを自覚した上で、敢えて買っているので、逆にキレイな本を安く買えたということで、うれしい。

その2:すでに持っていることはわかっていても、特定の作家の本をBOOK OFFの100円均一コーナーで比較的状態のいいものを見つけると、ついつい買ってしまう。
この場合の特定の作家とは、今のところ、戸板康二先生と山口瞳さん。今後、このパターンに入りそうなのが小林信彦さん。
これまた、自覚していて買うのだが、他の人がその作品に触れる機会を奪っているようで、申し訳ない気分もするわけで、ちょっと後ろめたい。

その3:「わーい、やっと見つけた!」と喜び勇んで購入して、家に帰ってみたら、実は数ヶ月前にも「わーい!やっと見つけた!!」とばかりに購入していたことが発覚する。
これはもう、自分の記憶力の悪さに、ガックリする。積ん読の害をしみじみ実感するケースだ。しかも、前に買った本の方がキレイで、しかも安かったりした日には・・・。