梅雨の風情

梅雨というのは、なかなか楽しめない季節のひとつだ。
雨降りの中を出かけるのは億劫だし、もっと現実的なことで言えば、なんとなくジメジメとして洗濯物が乾かないから、それもまた好きになれない理由。
たまに晴れても、湿度が高いので、空気がどんよりと重く、空気の中に水の粒が浮いているような気さえしてしまう。

昔の人はどうだったんだろう?と思っていたら、鏑木清方の<b>『鏑木清方随筆集』</b>(岩波文庫)の中に、梅雨にまつわる文章を見つけた。
「梅雨」という随筆では、梅雨時になると蒼朮という香のようなものを、どこの家でも焚きくゆらしたものだという。
<b>紅や薊によく似た花をもつ秋の野草で、その根は薬用になり、干しかわかしたのを焚くと湿気をはらい、虫を除ける。(中略)
そんな時にたきこめた煙には、伽羅、栴檀の香りはなくても、昔の人の袖の香は知らず、何かしら先人の生活に染みこんだ匂いの一つとして私には忘れがたく、焚いたあとでは、うっとうしく粘りついた湿気がさらりと退いて、日ごとにくりかえせば気もちまで洗われたようにさっぱりする。</b>
エアコンの除湿をかけるより、このような香を焚いたりする方が、風情があっていいなあ、などと思ってしまうのだが・・・。

清方も、梅雨どきに絵を描くという気分にはあまりなれなかったようで、この季節を長いものを読む時に宛てていたそうだ。
その他の梅雨のたのしみとしては、
<b>庭には青葉の影くらく雫する木下闇に濡れ色かがやかしい紫陽花を見るのもまたこの節のたのしみである。</b>
と言っている。また、梅雨の名所と呼ぶのにふさわしいのが、昔の根岸だという。江戸時代には、水鶏の名所となっていたから、雨の夜の趣はさぞ文人墨客をよろこばせただろうと、思いを馳せている。

さらに、五月雨の中、上野の山に敢え無く散った彰義隊にも、清方は思いを寄せている。上野を落ち延びた隊員は、夜になると根岸へ降りて来たと伝えられている。
彼らの墓には鉄舟がかいた墓表の左右に残る、江戸生き残りの通人が施したのだろうと思われる石灯籠の意匠が床しいと、この一文を結んでいる。

便利一辺倒の現代人の生活からは失われた風情が、この「梅雨」という短い一文からだけでも、伝わってくる。