るつ子のこの先の人生は?(1)

幸田文のお嬢さんである青木玉さんの『幸田文の箪笥の引き出し』(新潮文庫)を読んで、幸田文の着物の好みや接し方を知ったことで、きものへの興味が深まった。その”箪笥の引き出し”の持ち主が書いた『きもの』(新潮文庫)というタイトルの小説とは、どんなものだろう?という興味から、買ったままになっていたこの小説を読み始めた。

るつ子、おばあさん、母、大きい姉、中の姉、友人、父の愛人、それぞれのきものの好みの違いが、人物の性格や人生そのものを現しているところが、これまでにわたしが読んだいろいろな小説とは、趣を異にしている。
谷崎潤一郎の『細雪』でも、四人姉妹のきものの好みの違いは描かれていたが、そこはやはり彼女たちがお嬢様のこと故、絢爛豪華な世界だ。しかし、幸田文が描く女たちの多くは、決して裕福ではないが、だからこその工夫があって、かえって興味深い。

三人姉妹+長男の末娘で、普段から姉のお下がりを着せられることが多かったるつ子が、人生の上でも二人の姉が嫁に行った後で、母親の看病をし、関東大震災に見舞われる。そんな彼女について、おばあさんに
<b>「るつ子も損な生まれで、嫁入り盛りにこんな天変だもの。(中略)あたしが死んだりすればことだよ。いきおいおまえさんがお父さんやお兄さんの縁でもきまれば、るつ子の居場所は面倒になるだろうし、お父さんもいつまで独りでいるか、それも気の毒だろうよ。」</b>
と言わせている。

震災に遭う前に、おばあさんは、姉たちはおさまるところにおさまっていくだろうが、るつ子は「下手をするとはみ出すだろう」と見ている。そして、震災からようやっと立ち直りの兆しが見えた頃、るつ子が巡り会った運命の恋の相手は、おばあさんも父親も決して気に入る相手ではなかった。
それでも、るつ子は自分の思いを貫き、結婚する。そして、この物語は、るつ子の新婚初夜で終っている。
ここまでの、るつ子の波乱万丈の半生と、幸田文自身の人生を重ねあわせてみると、さらに先を読みたくなるところで、ぷっつりと物語の糸は途切れる。
もちろん、ここまででも十分面白い小説なのだが、それだけにこの先のるつ子の物語がどうなるんだろう?と思うのだ。