一冊で何度でも美味しい『きもの』

きものが着たいと思うようになって、新刊書店で手に入るきもの関係の本をとりあえず、手当りしだいに読んでいるところ。すると、きものというものが、いかに日本の四季や日本人の美意識と密接な関係にある衣服かということが、わかってくる。

洋服なら、われわれ一般人が日常生活で、真冬に透ける生地のノースリーブを着ることも、ここ数年では珍しくなくなっているけれど、きものの世界では衣更というものがしっかりと存在していて、それは日本人が長い年月をかけて培って来た、美意識の問題なのだった。
そもそも、わたしのような一般人が絹のきものを着るというのは、きものが日常着であった頃には、晴れ着以外にはあり得なかった(いや、それさえなかったかもしれない)。
だが、洋服が日常着となってしまっている今では、きものはある意味”おしゃれ着”の一つだから、絹を着ても、木綿を着ても、麻を着ても、それはその場にふさわしければいい。欧米では、今でもドレスコードというものは、日本よりはあるようだが、それと同じ程度に、きものにもドレスコードがあるのだ。

ガチガチに決まっているのは窮屈に感じられるが、「その方が綺麗でしょ」「その方が相手の方に不快感を与えないでしょ」ということを考えつつ、いかに自分らしく着るか、ということを考えるのは、きっと楽しいだろうな、と初めの一歩を踏み出そうとしているわたしは思うのだ。

幸田文『きもの』(新潮文庫)に出て来る、おばあさんは、そういうことをるつ子に上手に伝えて行く。その過程を読んで行くことが、ずーっと遅れてやって来たきものチャレンジ組への、大切な贈り物だと思えるのだ。
マニュアルではなく、きものを身に付けるための”手引き”とでもいうべきものが、たくさん詰まっている。それを、小説のストーリーとともに味わえるのだから、わたしにとっては”一冊で二度も三度も美味しい本”なのだった。
折に触れてこの小説を読み返すことになるに違いない。今はまだよくわからない”きもの”の奥深い世界を味わうために。