濃密な1対1の関係が結ばれる、世にも稀な空間(3)

ここで、普通なら仲入りになるところだが、時計はすでに9時に近く、そのまま3席目に突入。これまた客席の希望に応えた形での「文違い」。
最初に、黒紋付に仙台平の袴では「廓噺をやる格好じゃないよ」とご自分でおっしゃっていたが、終ってみればまったく気にならなかった。
「文違い」は、先日の親子会で聞いて、とても好きになった噺だ。最初に、間夫と地色について、談春さんが思うところを語る。
まず、お杉を向こう気の強い、したたかな女として聞かせておく。でも、談春さんが演じるお杉には、どこか可愛気があって憎めない。

男二人を手玉に取ったはずのお杉が、実は地色だと思っていた芳さんに騙されていたことを知ってしまうところから、反対にお杉が半ちゃんに詰め寄られるところが、急展開していくのが、談春さんの「文違い」は、聞いていて心地いい。噺の内容を考えると、違う言葉を使うべきところなのかもしれないが、ここの件のテンポは、”心地いい”という表現しか、今のわたしには思い浮かばない。
芳さんのニヒルな”色悪”ぶり、半ちゃんの”イイ奴”なんだけどちょっと男の色気に欠ける感じ、もう”This is 田舎者”という角造の演じ分けと、お杉の色気と向こう気の強さと、それだけにふと見せる弱さが渾然一体となって、新宿という場末の盛り場の廓の情景と、化かし合う男女関係がすぐそこで展開されているように、目の前に浮かんで来た。

噺と噺の間で「一度、ろうそくの明かりだけで、落語をやってみたい。圓朝の噺なんか、いいと思う」とおっしゃっていたが、それはぜひ、実現していただき、客席で聞いてみたいと思う。
談春さんの独演会は、お客の一人一人と、談春さんとの間で濃密な関係が結ばれて行く、世にも稀な空間なのだということを、今日はしみじみ感じた。お客も談春さんも活き活きとしていたと思ったのは、わたしだけだろうか?

ちなみに、来月は”楽しい長屋噺特集”だそうです。