魔術はさささやいていた(2)

<b>「じいちゃんがお前に教えたことは、もう古い技術だ。どんどん時代遅れになっていくことだ。だってそうだろう? じいちゃんはもう、古い人間なんだからな。これからは、鍵だって錠前だって、どんどん新しくなっていく。今のような形の錠前というもの事態、なくなっていくかもしれん」と、少し寂しそうな顔をした。
「だけど、だからといって、おまえの持っている技術が全然役に立たなくなるわけじゃない。普通の生活のなかでは、お前はほかの人とはちょっと違うだろう。誰かが隠しておきたいと思うもの、大事にしまっておきたいものを、おまは見ることができる。入らないでほしいと思っている場所にも入ることができる。但しそれはあくまでも、おまえがその気になればの話だ」
じいちゃんは守の目を見た。
「今までだって、おまえはやろうと思えばそれができた。でも、やろうとはしなかった。思いもしなかった。じいちゃんはそれを信じているし、だからこそおまえに教えてきたんだ。守、錠というものはな、ほかでもない、人の心を守るものなんだよ」(中略)
「じいちゃんが思うに、人間てやつには二種類あってな。一つは、できることでも、そうしたいくないと思ったらしない人間。もう一つは、できないことでも、したいと思う人間。どっちがよくて、どっちが悪いとは決められない。悪いのは、自分の意志でやったりやらなかったりしたことに、言い訳を見つけることだ」</b>

そして、じいちゃんのこの教えを、この後、守が事件に巻き込まれていっても、決して忘れなかった。

守にしても、『模倣犯』の主人公にしても、不幸な境遇にありながら、強くたくましく、優しい少年だ。自分のこと以上に、周囲の人のことを気遣うことができる。なまじの大人よりも、よほどしっかりと生きて行く力を持っている。きっと澄んだ美しい瞳を持っているのだろうと思わせる。
宮部さんは、少年を描くのが上手いという定評があるが、まさに噂に違わぬ力量が発揮されている。

そして、発端となった事件は、守の活躍によって解決する。そこで物語は終わりかと思わせておいて、さらにこの物語の核心部分へと向かっていく。
その意外性と手際の良さは、見事だ。
最後まで読み終えたとき、たしかに「魔術はささや」いていた。