『怪しい来客簿』(2)

この作品集の最後の作品色川さんご自身の闘病体験に基づくと思われる「たすけておくれ」の中で「私」が語っている。十年来の持病である胆石が悪化し、遂に入院・手術を余儀なくされた「私」は、知人の紹介でその道の名医がいる都内の某私立病院に担ぎ込まれる。その病院の院長の娘婿である「名医」の執刀により、手術は無事成功に見えたが、術後管理のミスから病状はさらに悪化してしまう。そして「名医」の母校である大学病院に転院、そちらで再手術を受けることになる。手術するための治療として、自分の体内から管を通して排出させた胆汁を、一日3回200ccずつ呑む。冷蔵庫で冷やして匂いを消し、チョコレートで口直しをしながら。やっとの思いで呑み下す。そうした状況の下で
<b>私はしかし、もうどんなことにもさほどたじろがなかった。これが現実だと思えば、理不尽なことなどなにもない。何も信じない人間は現実にただ密着するよりほか芸がない。</b>
と言う。
「たすけておくれ」で、色川さんが描こうとしたのは、世間ではエリートとされる医者たちとは対極に位置する「私」だった。
相当厳しい病状にありながら、それでも人間観察を止めることはない。自分の治療に当たっている医者たちを、ひとりひとりの人間としてしっかり見ている。凡人には窺い知れない作家の”性”の凄まじさを感じる。