こんな本屋さんがあったなら(2)

西区の店は、ニュータウンのど真ん中で、まだ街にもそこで暮らす人々にも歴史がなかった。それが常に自分にも、一緒に店を切り盛りしていた奥さんにも、緊張感を強いていたのだろうと、川辺さんは言う。
新しい出店地を探しているうちに一目惚れした元町は、稲垣足穂の「星を売る店」があった場所だった。
「本屋は『星を売る店だ』」と思っていた川辺さんにとって、
<b>この街でなら、そういう「星」を売る本屋が実現できそうな気がしたのだった。</b>
という。
『本屋はサイコー!』(新潮OH!文庫)の著者である安藤哲也さんには、「本屋には青空がある」という名言があるが、川辺さんの「本屋は星を売る店」というのもまた、いい言葉だと思う。

そんな心意気でやっていた「烏書房」は、書店としての個性が多くのファンに愛されたばかりでなく、地域の人々との交流も盛んであったようだ。
川辺さんご夫妻が素敵だなと思うのは、書店のファンの人たちとも、ご近所の人たちとも分け隔てなく付き合われたという点だ。
だからこそ、ご夫妻が交代で食事を取りに行く食堂のおばちゃんが、自分の店のお客さんに「烏書房で本買うたってや!」と声をかけてくれた。いつも缶ビールをぶらさげて店を訪れる近所のおっちゃんも、呑み終えると必ず店内を一周して「今、金がないからこの本取っといてや」と帰っていったという。そして、近所の鍵っ子たちの恰好のたまり場でもあったという。

本屋が、街のコミュニティーの役割も果たすというのは、なんと贅沢で素敵なことだろう。もちろん、店の経営がうまくいかなければならない。だからといって、立ち読みお断り、長居は無用とばかりに、無愛想な本屋さんというのも、味気ないではないか。
最近話題のカフェ併設の書店というのも、ちょっとよさそうに思われるが、実際は書店とカフェが同じ店の中にあるというだけで、カフェの店員さんに本について話しかけても取り合ってもらえそうもないので、あまり意味がない気がする。それだったら、お気に入りの喫茶店を書店の近所に見つけて、買った本はそこへ持って行ってひと休みする方がいいな、と思ってしまう。