二枚目の疵を読んだ

矢野誠一さんの『二枚目の疵』読了。
これも、『銀座旅日記』からの芋づる読書。かなり以前(たぶん、出版されて間もない頃)に購入したのだが、なんとなく読むきっかけを失って、積んであった。
長谷川一夫といえば、二枚目役者の代表で、大河ドラマ赤穂浪士」の「おのおのがた」と、流し目と、宝塚の「ベルバラ」演出をすぐに思い出す。
「おのおのがた」はさすがにリアルタイムでは知らないのだが、物まねや後年VTRで放送されたものなどで、強烈に印象に残っている。とはいえ、歌舞伎を見るようになって、内蔵助のイメージは、長谷川一夫とはあまり結びつかなくなっているのだが。
わたしが物心ついたころには、長谷川一夫は、銀幕スターというよりも、舞台人だった。が、長谷川のルーツが歌舞伎にあったことは、知らなかった。それも初代鴈治郎の長男・林長三郎に弟子入りし、長二郎という名をもらい、将来を嘱望され鴈治郎の次女・たみ子と結婚していたとは。六代目菊五郎に「役者の湯気みたいなものがが立っている。きれいだきれいだ」と褒められたのは、映画界で「雪之丞変化」三部作で大ヒットを飛ばした後の、初代鴈治郎追善興行に出演した時のことだという。さらに六代目は、その気になったら自分を頼って東京に出てこいとまで言ってくれた。松竹には映画から一夫を抜けさせまいとする工作をいろいろとしたらしい。
東宝に移籍した時に、暴漢が一夫の生命ともいえる左頬を大きくカミソリで切った。しかし、一夫が時代劇スターであったことが幸いしたのだろう。その疵を化粧で隠すことができたのだから。
東宝歌舞伎ベストワンに一夫が選んだのが「一本刀土俵入」だった、というのも意外だ。一夫の駒形茂兵衛姿は、舞台を見ていない者にとっては、想像がつきにくい。そして、お蔦の危機を救うために茂兵衛が小屋を訪ねて行った場面で、お蔦に頭突きを見せる型は、一夫のものだというのも、知らなかった。
長谷川一夫といえば、舞台役者というイメージを持っていながら、東宝歌舞伎は一度も生で見たことはないし、テレビの舞台中継もまともに見たことはないような気がする。とくに舞踊「春夏秋冬」は、今になってみれば、見てみたかったと思う。

二枚目の疵 長谷川一夫の春夏秋冬

二枚目の疵 長谷川一夫の春夏秋冬