素顔の辻邦生さん

辻佐保子さんんの<A HREF=http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/3be9eb04314cb0105a09?aid=p-mittei16105&bibid=02179743&volno=0000>『辻邦生のために』</A>(新潮社)読了。
学生時代に、辻さんの『夏の砦』を読んだはずなのだが、ほとんど何も覚えていない。
その後、『西行花伝』『安土往還記』など、日本の中世・近世に題材をとった作品があることを知り、気になっている作家ではあった。
しかし、ご縁がなかったのか、それらの作品を読む機会は訪れなかった。

辻邦生という作家に再び注目するきっかけになったのが、この春に読んだ『ひかない魚』という本だった。
銀座にあった鮨の名店「きよ田」のご主人の聞き書きだ。
ここには、小林秀雄白洲次郎・正子夫妻といった人々が通っていたということを、bk1の書評で知り、読んだものだ。
その一番最初に出てくるのが、辻邦生さんの思い出だった。

「きよ田」の主は、辻さんが大好きで、閉店のきっかけとなったのは、辻さんの死だったことが、この本の最後に明かされている。
また、佐保子さんが美術史の研究家としてご活躍されている方だということも、『ひかない魚』を読んで知った。

辻さんは、綿密な下調べとそれを設計図を書き組み立てを考える論理的な作業と、霊感が降りたように(それを辻さん本人は「憑依体質」と呼んでおられたという)書くという、一見あい反する過程を経て、作品を生み出していたのだと、佐保子さんは明かされている。
そんな様子を「『お別れの会』を終えて」の中で
<b>ミューズの神に促され、ほぼ四十年のあいだ、書き通しに書き続けてきた結実である。締め切りが次から次へと押し寄せてきた長い年月は、たとえ書くのが大好きだったとしても、「力業」の連続だったのに違いない</b>
と、書いておられる。

この『辻邦生のために』は、編年体でまとめられた評伝ではないのだが、辻さんが亡くなられたあと、6冊の本が出版されるたびに、ご主人に代わって後書きを書いた佐保子さんの文章をまとめたものである。
その時々の本のテーマに沿って、半世紀近くを共に過ごして来られた奥様しか知ることのできなかった辻さんの、さまざまな素顔が垣間見えてくる。

本書で触れられている、生前の辻さんの作品は、どれも興味深く、折りを得て読んで行きたいと、改めて感じた。