甲斐庄楠音に興味が湧いた『着物をめぐる物語』(1)

林真理子『着物をめぐる物語』(新潮文庫)を読み終えた。

林さんの小説を読むのは、久しぶり。女性誌連載当時に、最近ちょっと話題になった『コスメティック』(集英社文庫)を読んだ以来かもしれない。
『着物をめぐる物語』は、雑誌に連載されていた、十一の短編連作だ。とはいえ、共通項は「着物」という点のみで、主人公は呉服屋の女主人だったり、新進女優だったり、加賀友禅の作家だったり、銀座のバーのママだったりと、いろいろだ。
というより、主人公はそれぞれの女が思いをかける、着物なのかもしれない。

中でも特に、その四「お夏」に登場する甲斐庄楠音に、興味を憶えた。甲斐庄の名前は、何度か目にしたことがあるのだが、「お夏」の扉に使われた彼の絵を見て「ああ、この絵を描いた人か」と思い至った。そして「お夏」を読んで一気に甲斐庄への好奇心が湧いて来た。

「お夏」は、由美子という東京ではホープとして注目を集め始めた新進映画女優が、堀口という京都撮影所の大御所監督が撮るオムニバス映画の中で、西鶴の但馬屋お夏に抜てきされたところから始まる。
堀口監督のそばにいつも必ず控えているのが、甲斐庄楠音という「気味の悪い男」だ。
現代劇の準主役で売出した由美子を、甲斐庄は
<b>「こんな大女が、ほんまにお夏をやらはるのか」</b>
と初対面で評す。
撮影所の結髪さんが由美子に教えたところでは、山田五十鈴からも、田中絹代からも、カイさんの着付けでなければ、と言われるような人物だという。

堀口は甲斐庄を
<b>「この人は、百科事典のような人なんだ、女と美しさのね。誰もこの人にはかなわない。僕にしたって、教わったことの百分の一もレンズに写せないんだ。」</b>
と由美子に語る。
由美子は、そんな甲斐庄が選んだ着物を身に付け、お夏を演じ好評を博す。しかし、彼女が堀口の作品に出演することは二度となかったし、甲斐庄と会うこともなかった。
一度は大女優への道を歩み始めたかに見えた由美子も、いつの間にか”便利な脇役”になっている。